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起源は?発祥は?知られざる納豆の歴史

納豆の歴史

納豆は大変歴史のある日本のソウルフードの1つです。今でこそ当たり前にスーパーで見かけることができますが、その誕生や発祥はいつ頃で、どこで、どのようにして生まれた物だったのでしょうか?

各地で様々な説が提唱されている中でも有力と思われている伝承や歴史をもとに解説しています。

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納豆の起源と発祥

納豆の起源と発祥

納豆は確認できる最古の書物でも11世紀のものもあり、起源や発祥は様々な説が提唱されています。今になって「これ」と確定するのは難しいですが、いくつか紹介していきます。

弥生時代説

最も古い納豆の誕生として考えられるのが「弥生時代説」です。弥生時代には大豆などの豆類の栽培が始まりました。そのままでは食べられないので土器と火を使って煮て食べられます。

弥生時代の住居の中には炉があって温かく、床には藁や枯れ草が敷かれています。察しが良い方は気付いたかもしれませんが、炉によって温まった住居の中で、敷いた藁に煮た大豆が落ちて、自然に発酵して納豆になったという説が有力です。

聖徳太子説

聖徳太子が愛馬にエサとして与えていた煮豆の余った物を「もったいない」という理由で藁に包んでおいたら自然に発酵して糸ひく豆になっていて、食べてみたら美味しかったので人々に広めたという説もあります。

戦時中説

遠征して戦争をしていたときに思った以上に長期戦になってしまい、食料が不足しました。そこで近くの農民に食料を提供するように命じます。農民たちは大急ぎで大量にあった大豆を煮て、藁に包んで献上します。それが数日して自然発酵し、糸ひく豆になったという説もあります。

納豆の伝来

納豆には一般的な糸ひき納豆と、麹納豆というものがあります。その中で麹納豆は中国からやってきたという説があります。まず中国では鼓(シ)という食品が食べられていました。

鼓(シ)は大量の塩を使って作られたもので、いわゆる麹納豆です。当時、塩は貴重品だったので塩の流通が盛んになってきた頃に鼓(シ)の製造も始まったのではないかと考えられています。

さらに平城京から出土された木簡には「鼓」の字が見られるようです。中国での呼び方がそのまま使われているのも、伝来間もないことを示しているように思えますね。

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納豆の商品化が始まった江戸時代

納豆の商品化が始まった江戸時代

江戸時代には納豆の商品化が始まったと言われています。納豆をよりおいしく食べるための醤油の製造が始まったからとも言われており、その頃には熱々のご飯に納豆、お新香、味噌汁と言った朝食が食べられていて、今と同じように朝食の定番になっていたと考えられています。また、「ナットナットナットー」という掛け声で売り歩く納豆売りと言う商人もいたと言われています。

納豆の産地ごとの歴史

納豆と言えば秋田、茨城(水戸)、熊本が有名ですよね。納豆発祥の地というのは各地にあって、これも諸説ありますが、どうもほとんどの説で源義家が関わっているようです。各地の歴史を見てみましょう。

秋田県と納豆

秋田県では平安時代後期、後三年の合戦(1083年~1087年)の際、源義家は豪族・清原家衡に戦いを挑みました。ところが現在の横手市付近で大雪に見舞われ足止めされてしまいます。困った源義家は、付近の農民に煮大豆を供出させました。

時間がないので藁で作った俵に入れ、行軍しているうちに香りを放ち、糸を引くようにになっていました。恐る恐る食べてみたら美味しかったので食用とした、供出した農民もこれに気付き食用とした、という説が残されています。

これは今でも秋田県の横手市にある石碑で確認できます。煮た豆を俵に入れたら発酵して納豆になったというまさに偶然の産物だという歴史ですね。

茨城県と納豆

茨城県では永和3年(1083)、奥州平定に向かう源義家の軍勢が常陸国で宿営し、義家は宿駅の駅長だった渡里の里(水戸市郊外)の一盛長者の屋敷に泊りました。

この時、家来が馬の飼料に作った煮豆の残りを藁で包んでおいたら、煮豆は自然に発酵して糸を引くようになっていました。試しに家来が食べてみると、これが実に美味しかったそうです。そこで義家に献上したところ、大変喜ばれたので、将軍に納めた豆という意味で「納豆」と名付けられ、付近の農家に広まったという説があります。

秋田県と同じく源義家説です。同じく偶然できたことがうかがえる説ですね。

熊本県と納豆

熊本では2つの説があると言われています。1つは源義家に敗れた安倍一族の次男、宗任が生け捕りにされ、四国に流されますが一旦逃げ出します。しかし見つかってしまい、今度は九州に流されます。

宗任はここで腰を落ち着かせ、奥州の文化を大分や熊本に伝えたということです。これは宗任がすでに納豆を知っていたことになるので、茨城や秋田で納豆が発見された後だということになります。

もう1つは加藤清正説です。1592年に加藤軍は秀吉の命で満州まで行くのですが、やがて兵糧に困ります。仕方なく塩を舐め、馬のエサであった煮豆を食べます。残った煮豆を俵に入れて馬に乗せ行軍していると、俵から香りを放つようになり、俵を開けると糸を引いていました。

食してみるととても美味しかったのでそこから作られるようになったという説があります。清正や加藤軍はお腹を空かせていたでしょうから余計に美味しく感じたのかもしれませんね。

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